硬いほうがいいものと、柔らかいほうがいいものが、この世にはある。
その境界線を、俺は真剣に考えたことがある。休日の昼下がり、嫁が出かけた静かなリビングで、ひとりで。
まず、プリンだ。
プリンは、硬いほうがいい。スプーンを入れたとき、「ス」っと沈むんじゃなく、「ク」っと食い込んでくるやつ。
はじき返してくる、ただのプリンとは思えないあの態度。食べ終わって「食べたな」と思える。
では、ちんちんはどうか。
ちんちんも、硬いほうがいい。これは、俺が言っているのではない。世間がそう言っている。
芯のある硬さ、いいところに当たる手応え。世の中がちんちんに求めているものは、驚くほどプリンと一致している。
つまりこの二つは、同じ理想を生きている。硬く、芯を持ち、簡単には崩れない。
プリンとちんちんは、兄弟なのだ。彼らを構成する材料は違うが、志は同じだ。
だが世界には、柔らかいほうがいいものも存在する。
おっぱいである。
おっぱいは、硬いほうがいいのか。違う。断じて違う。おっぱいは、柔らかいほうがいい。
硬いおっぱいを求める者を、俺は寡聞にして知らない。
なぜだ。なぜプリンとちんちんは硬さを是とし、おっぱいだけが柔らかさを是とするのか。
考えても、答えは出なかった。
出ないまま、リビングにひとり座っている。嫁はまだ帰ってこない。
俺は硬いプリンと硬いちんちんと柔らかいおっぱいについて、真剣に、真剣に考え続けている。
三十路の、休日である。
こんなことを考えている俺の頭は相当柔らかい。