これは妄想の物語。
とある休日。布団の上でスマホをいじり続けること二時間。
ふとした時、せっかくの休日を無駄にしている感覚が、どっと押し寄せてきた。
よし、神保町に行こう。特に理由はない。神保町で古本屋巡りって、なんか知的っぽいじゃん。
ラフな格好で電車に飛び乗り、車内で古本屋の通りをさっと検索。
こんなに古本屋が集まってるなんて知らなかった・・・。神保町すげぇ。
神保町に到着。とりあえず入りやすそうな門構えの古本屋に入ると、独特の匂いが鼻をくすぐる。じーちゃんちの書斎みたいな匂いがして、なんだか懐かしい気持ちになる。
積み上げられた背表紙の壁。普段本なんて読まないくせに、本を眺めていると“文学青年”にでもなった気分だ。
妄想なので、知らないけど多分そんな気分になるはず。
ふと、一冊のタイトルに目が止まった。手を伸ばそうとした瞬間、横からすっと白い手が伸びてきた。
視線を上げる。
ショートカットがよく似合う女性だ。耳がすっきり見えるくらいの長さで、知的な印象。肩には大きめのトートバッグ。購入した本を入れるためだろうか。
上は柔らかいベージュのニット。淡い色合いが赤いチェックのスカートを際立たせている。歩けば裾が揺れ、その下でブラウンのローファーが小さな音を刻むのが想像できる。
切れ長の目とすっと通った鼻筋。丸メガネ越しの瞳は落ち着いていて、けれど芯のある光を宿していた。
見惚れていると、彼女のほうから口を開く。
「あ、すみません。この作家、お好きなんですか?」
「ええ、まあ。デビュー作からずっと読んでます」
いや、読んだことなんてないけど、そう答えるしかないよな?
「独特な文体で、ページを捲る手が止まらないんですよね」
「わかります」
もちろんわかっていない。完全に知ったかぶりだ。
彼女が少し笑いながら首をかしげて、「本当に?」と言う。
あっけなく嘘を見透かされてドキッとした。
「すみません。カッコつけたくて・・・。」
と正直に伝える。
「あはは、面白い。」
肩を揺らしながら笑う彼女の笑顔に、虜になってしまっていた。
いや、たぶん現実なら「なんやこいつ・・・」って思われるだろうが、ここは妄想の世界なので問題ない。
「でも、この作家の作品は面白いのでぜひ読んでみてください。」
と言って、同時に手に取ろうとしていた本を手渡してくれた。
「え、いいんですか?」
「読みたかったけど、推しを布教したいので大丈夫です。」
推しへの愛を感じるじゃないですか。
「じゃあ、読んだら感想を伝えたいので連絡先交換しませんか?」
そう言うと、一瞬迷いながらもスマホを取り出してくれて、LINEを交換した。
全部妄想なので、恋愛映画のごとくスムーズな連絡先交換をしてやるのだ。
あーあ、こんないい休日訪れないかなぁ。