妄想

階段派の俺、今日もエスカレーター派をごぼう抜きしていくはずだった

東京の地下鉄は深い。
ブラジルまで繋がってるんじゃないかと思うくらいに深い。

そんな地底世界と地上を結ぶのが、エスカレーターと階段だ。
(エレベーター今回関係ないから書いてないだけだ。)

目的地まで並ぶ二本の道。右は文明の恩恵、左は己の脚力。
俺は必ず左を選ぶ。それが信念だからだ。

立ち止まり、文明の恩恵を受ける人たちを、自らの脚力で抜かしていく。
そして勝ち誇った気持ちで階段をのぼりきるのだ。
完全に無意味な勝利だが、勝ちは勝ち。くだらないとは言わせないぜ。

さて、今日もいつも通り、階段を登ってエスカレーター派をごぼう抜きしていく予定だったのだが・・・。

「あれ、〇〇くんおはよう!」

気になっていた先輩と、会社の最寄り駅の改札で、ばったり出会った。
朝から特大イベントが発生。今日俺の人生は変わってしまうかもしれない。

先輩は迷わずエスカレーターに向かって歩く。
軽やかな足どりで、当然のように。

先輩について行くと、左側の階段がこっちをみてくる。
「今日もこっちだろ?」と問いかけてくるみたいだ。

どうする?

そんなもの答えは決まっている。
俺は迷わずエスカレーターに乗った。

今日の俺は立ち止まっているように見えるかもしれない。
階段を駆け上がる人に、抜かされているかもしれない。

でも問題ない。
今、先輩と一緒にエスカレーターを登っている俺が、ここにいる誰よりも勝っているのだから

俺の信念なんてものは、好きな人の「おはよう」だけで揺らぐ。
そういう日があってもいいだろう。

-妄想