妄想

まだ、ドアを開けたくない夜

家の駐車場に着き、エンジンを止める。だけどまだ、ドアを開けたくない。
外はもう夜で、家の明かりがぽうっと浮かんでいる。このままカバンを持って、ドアを開けて、玄関まで行くだけなのに、その一歩がやけに遠く感じる。

とりあえず、スマホを出してTikTokを開く。次の動画の面白さに期待しながら、画面をスワイプする機械になる。静かな車内には、俺の呼吸の音と画面をタップする硬い音が響いている。

今この車の中の世界は、私だけのものだ。四方を鉄とガラスで囲まれ、誰にも邪魔されることのない空間で、疲れ切った心を癒やす。急に時間がゆっくり流れるように感じて、心地がいい。

TikTokに飽きたので、Threadsを開く。最近はXが広告だらけなので、Threadsをよく開いている。なんとなくスワイプしながら投稿を読んでいると、一つの投稿が目に入る。

「自宅の駐車場についたらしばらく車から出たくなくなる現象に名前ありましたっけ??」

うわ、まさに俺じゃん!と思いながら、反射的にいいねを押す。どうやら4233人目のいいねだったようで、まぁまぁ読まれている。
コメントも150件近くついていて、見てみるとかなりの人が同じ現象に共感しているようだ。「帰宅恐怖症」「余韻パーキング」「なんなら家の前1回通り過ぎることある」いろんなコメントがついていて面白い。

(俺と同じあるあるを経験してる人ってこんなにいるんだなぁ)

仲間がいると思うと、なんだか嬉しい気持ちになる。
今日の車時間ではいいものが収穫できた。

さて、そろそろ家に入らないと。

意を決してドアを開けると、夜の空気が頬を撫でる。車の中に残した余韻を背中に感じながら玄関のドアを開ける。

「ただいま」

-妄想